自己距離化

 

 現実の苦しみの渦に巻き込まれていれば唯ただ苦しいだけだ。そこでトリックを用いた。暖房のきいた大ホールで「強制収容所の心理学」の講演をしている。苦しんでいる自分は、心理学研究という一段と高いところから観察され描写されている。このトリックによって、現実の苦しみは過去のもののようにみなされ超然としていることができた。

 このトリックはいわゆる「空想への逃避」ではない。空想への逃避は、《前門の虎、後門の狼》のような回避―回避葛藤場面で障壁に囲まれ逃げ道がないと「空想水準」に逃避し白昼夢にふけり緊張を解消する防衛機制である。これは現実を見ない逃避である。

  それに対しこのトリックでは、現実の自分に距離をとり、科学的研究という自分を超えて充たすべき意味のある価値の視点から、客観的に現実を見ているのである。